『 ほとけの子 』

  本巣市 正尊寺  杉山 雲来


 今年の夏は猛暑でしたね。
毎年夏休みには日曜学校のこども達を集め一泊でお泊ま り会をします。今年も四十五人のこども達が本堂に蚊帳 を吊って一晩泊まっていきました。
 お泊まり会の朝、眠たい目をこすりながらご本尊に向か い正座をして、お正信偈をお勤めします。不思議なもの で「じっとしとれ」と言ってもなかなかじっと座ってお れないこども違が、結構長い時間にかかわらず「お正信偈」のお勤めの時はなぜかしらちゃんと正座をして最後 までお勤めをします。
 こども達にとっては漢字ばかりで意味も内容もわから ないはずなのに「お正信偶」には何かしら、不思議な力 があるような気がしてなりません。
 考えてみれば、親鷲様がお釈迦様の説かれた「阿弥陀 如来」の救いを百二十行、八百四十字にその全てを顕され、親鷲さまが潭身の力を込め一字一句無駄のないもの と仕上げられた正信偈の気迫みたいなものが、こども達 にも伝わるのだな、と思うことです。
 ともすると、言葉で話し納得をさせよう、それでもダメならおだてたり叱ったりして、何とかしようと私たち は考えます。しかし、この正信偶をお勤めするこども達 の姿を見ていると、理屈や快感、或いは恐怖と言ったも のを越えるものが確かに存在していると思えてなりません。まさこの私たちには計ることの出来ない働きが、正信偈の中を貫く「アミダ様ブ働きであろうとあらためて 感じさせられ、だから、毎年この会をすることに情熱を 傾けさせられてしまうのだなと思うことでした。



                             合掌