ここでは、住職とその仲間のお寺で運営している「テレホン法話」を掲載しています。法話は一週間ごとに変わっていきます。

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『 曇鸞大師 D 』

関市 光圓寺  日野 安晃 師

 

 曇鸞大師は、初めて「他力」という言葉を用いられて仏さまのお徳を讃嘆されました。ところが、「他力本願」という言葉が、 たとえば、自らはなにもせず他人を当てにすることのような使い方がされていて、大変、残念に思います。まず、他力とは他人 の力ではなく仏さまのお働きのことです。だからといって自分を超えたものの助力を期待する、ということでもありません。そもそも、自分の願いをどのように叶えたらよいか、という間題ではないのです。
 たとえば、受験シーズンになるといつも思うのですが、どうしても入りたい学校に自分が合格しますように、と一所懸命に願 われては仏さまも困ってしまわないでしょうか。その願いを聞き入れるためには誰かを不合格にしなければならないからです。 いわゆる神頼みに、どこか後ろめたさを感じてしまう理由がこれです。  仏さまの願いとは、あらゆる人々に本当の仕合せを与えることですから、そのお心を仰げば、私を含め全ての受験生が各々最もふさわしい進路に進めますように、とお願いするのがいいのかもしれません。
 自分の願いを取りざたするのではなく、仏さまの願いを仰ぐときに、知らぬ間に私の願いも深まってゆく、これが、仏さまの願い、お働きをいただく姿ではないでしようか。
 ところで、仏さまが私たちに願う本当の喜びとは、どんなものでしょうか。  それは、私たちが日頃は考えようともしない死の解決です。ここに、仏さまの願い、お働きがあるのです。しかも、この願いは、厳しい修行にも耐えられるような特別な人を目当てにしているのではなく、実は、私たち一人一人、すべての者にかけられているのです。




                               合掌